一族

おばあちゃんから学んだこと【貯める力、辛抱強さ】

大正5年(1916年)生まれのおばあちゃん

今、生きていたら105歳。

ワタシは、おばあちゃんが52歳の時、生まれました。

現在53歳のワタシには、大学院生と大学生の子どもがいます。

平成生まれのわが子達にも、知ってもらいたいな。

おばあちゃんの生き方から、学んだこと

PVアクセスランキング にほんブログ村

おばあちゃんってどんな人?

おばあちゃんは、おじいちゃんと農業をやってました。

農作業のほかに、養鶏内職も。

趣味とか、娯楽とか、一切なかった。

テレビを観るくらい?

普段着は割烹着(かっぽうぎ)+もんぺ

洋服は、グレーや薄紫色ばかり。

いつもスッピンで、身長は140㎝位の小柄なおばあちゃんでした。

おばあちゃんが豹変するとき

おとなしそうな印象でしたが、豹変(ひょうへん)する時がありました。

それは、飼ってたニワトリを狙ってくる、ノラ猫を見つけた時。

そーっと猫が鶏小屋に近づいてるのを発見すると、「てぇーーーい」と叫んで追い払ってた💦

あとは、野菜に付いた害虫を見つけると、草履(ぞうり)で踏みつけてました。

ニックキ敵に違いないけど、キモチ悪くなかったのかな?😅

1番スゴかったのは、「嫁入り」のとき。

花嫁さんが練り歩くときに、お菓子の袋詰めを配る風習がありました。

花嫁さんが現れると同時に、でっかい風呂敷包を抱えたオジサン達が登場。

風呂敷の中身は、お菓子。

「よーめーりーーーぃ」の掛け声で、お菓子配りのスタート。

待ち構えていた人たちが、オジサンに群がる

おばあちゃんは、必ず2袋以上ゲット😎

迫力がありました🤣

モノを大事にするおばあちゃん

なんでも大事にするおばあちゃん。

嫁入りでゲットしたお菓子は貴重品なので、長期保存。

ワタシはすぐに食べちゃって、おばあちゃんにもらってました😋

毛糸の服や帽子は、ほどいて編みなおします。

ストーブにかけてあるヤカンの蒸気に毛糸を当てて、まっすぐにして、クルクル丸めてました。

笑えたのは、母が捨てたお風呂のフタを、おばあちゃんがゴミ置き場から、拾ってきたこと。

「こんないいものが捨ててあった」って🤭

捨てた母も「拾ってきて正解だったかも?」なんて言って、再び使うことになりました。

今より、プラスチックが丈夫で、モノが良かったんだって。

おばあちゃんの目利き恐るべし👀

辛抱強いおばあちゃん

おばあちゃんは、人並みに社交的

一方、おじいちゃんは、他人と関わることが嫌い。

老人会には、ゼッタイ行きませんでした。

おばあちゃんだけ参加しようと、こっそり出かけると、おじいちゃんは、おばあちゃんを探します。

あるとき、食事会に参加してたら、おじいちゃんが公民館の周りをウロウロ

気づいたおばあちゃんは、居心地悪くなって帰宅。

バス旅行の時も、おじいちゃんが追いかけてきたので、行くのをやめました。

さぞかしストレスまるけだったのでは?

今時のカップルならとっくに離婚しちゃいそう…

でも、おばあちゃんは、おじいちゃんと最後まで連れ添いました。

献身的すぎる😳

ところで、おばあちゃんは足腰がとても丈夫でした。

自転車にも乗らず、移動手段が徒歩のみで、よく歩いてたおかげかも😊

さすがに高齢になって、ヒザや腰が痛いと言い始めたときには、整体に連れて行きました。

そこの施術は、患部に電気を当てるのですが、これが、めちゃくちゃ痛い😱

(現在、五十肩のワタシもお世話になってて、痛さは体験済み😅)

でも、おばあちゃんは、痛みをグッとこらえてました。

「おばあさん、スゴイ辛抱強いな」って先生が感心しきり。

この「辛抱強い」ってコトバ。おばあちゃんを象徴してました。

妹の結婚、そして突然の他界

嫁ぎ先で初めての年末年始。

気疲れでヘトヘトのワタシ。

1月2日には、そそくさと、実家へGO

「あー実家はいいねぇ、くつろげる♫」

この年、実家のお正月は、ワタシの旦那と妹(次女)のカレが初参加(ワタシは3姉妹の長女です)

妹はプロポーズされ、結婚の日取りが決まりました。

その後、めでたく結婚✨

妹夫婦はハネムーンへ。

結婚式の数日後

実家からの電話📞

みぞれの降る寒い夜でした。

電話口は親戚の叔母さん

「おばあちゃんが、タイヘン。お風呂で意識がない状態で見つかったの。」

ビックリして、すぐに実家に向かいました。

「え?なにが起きた?結婚式で元気だったのに…」

その日、法要に使う花が宅配便で届くことになってたそうです。

実は、妹の結婚式の翌週に、おじいちゃんの三回忌法要を予定してました。

出勤前の母が、花を入れるバケツを洗ってたら

「会社に遅刻するよ。バケツは洗っておくから、早く行きなさい」とおばあちゃん。

これが、最期の会話だったそうです。

その日は残業で、いつもより1時間遅く帰宅した母。

いつも通り、犬の散歩に行ってから、夕飯の支度。

夕飯は、おばあちゃんと2人で食べるのがお決まり。

でも、この日はおばあちゃんが部屋から出てこなかった。

部屋に呼びに行ったら居ない。

「外かな?」と庭や畑に探しに行っても居ない。

戻ってみたら、家の中におばあちゃんの草履(ぞうり)があることに初めて気づいた母(昔の家は土間で、履物を脱ぐ場所が点在してました)

お風呂場を見に行って、おばあちゃんを発見。

そんな早い時刻にお風呂に入ることは今までなかったのに…

宅配便で届いた花は、おばあちゃんが洗ってくれたバケツにちゃんと入れてあったそうです。

おばあちゃんから、学んだこと

お葬式の日。

近所の美容師さんが、喪服を着せてくれました。

数日前の結婚式で、留袖を着つけてもらったばかり。

「この前は、ウレシイ着物だったけど、今日はサミシイ着物だね😢」って美容師さん。

おじいちゃんの三回忌の予定日が、おばあちゃんのお葬式になりました。

フシギなことが2つありました。

1つ目は、ワタシの嫁ぎ先の義父母が葬儀に参列する予定でしたが、お義母さんは途中で胸が苦しくなって、引き返したこと。

どうしても、こっちにこれなかったそうです。

お義母さんは、霊感が強い人でした。

お盆の時期になると、「仏間でご先祖様の気配を感じる」って話してました。

(ワタシは鈍感なので、まったく感じません😇)

2つ目は、おばあちゃんが亡くなる前日の出来事。

隣のおばあさんの夢に、うちのおじいちゃんが出てきたんだって

「お前さんとこのおじいさん、帰ってくる家を間違えて、ワシの夢にでてきたわ…」って、おばあちゃんと話してたらしい。

↓ うちのおじいちゃん          

↑ 隣のおばあさん

なんとも、フシギ…

おじいちゃん、さみしくて、おばあちゃんを呼びにきたの?

おばあちゃんは80歳で亡くなりました。

家事、子育てをしながら、おじいちゃんに仕えて、働きまくった人生。

倹約して家や土地を残したのは、スゴイな✨って思います。

でも、もうちょっと、自分の人生に彩りがあっても良かったのでは?

そんなことを考えていたら、気づきました。

あれ?ワタシも似たような生き方をしてる?😅

53歳で必死に節約してるワタシ。

このままだと、小銭を貯めつづけて、死ぬときにイチバンお金持ちになってるかも…

これはいかん。

貯める力も大事だけど、上手にお金を使って豊かな人生にしたいな✨

おばあちゃん、気づかせてくれて、ありがとう(^▽^)/

☆今も楽しもう♫☆

にほんブログ村 にほんブログ村へ
にほんブログ村 軽トラのキセキ - にほんブログ村

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA